これまでの「根源」の話をしよう

架空鉄道趣味者の集まるDiscordでのテーマが「あなたのルーツ」ということなので、今回のエントリーではそういうのを書いてみようと思う。

急行は赤で種別は最小限

 架空・現実を問わず鉄道には必ず種別というものがある。特急とか急行とかそういうの。その中でも急行は割と架空鉄道で設定する人が多く、複数の種別があるとよく出てくる印象を受ける。その急行、人によって青だったり赤だったりするわけだが、僕の場合は必ず赤にしている気がする。また、京阪などでは朝限定の種別などを設定しているけれど、僕が作る架空鉄道の場合は最小限に抑えている。

僕の住んでいるところには近くに二種類の鉄道会社があり、小田急と相鉄である。なので必然的に小田急江ノ島線になる。相鉄も昔は各停と急行しか種別がなく、急行(海老名~横浜(海老名から二俣川まで各駅に停車、二俣川から横浜までノンストップ))と各停(横浜から二俣川まで行き、いずみ野線へ入る。確か)がある程度というもので、必然的に種別は少なくなる。小田急小田原線になると準急とかがあるけれど、江ノ島線は当時各停と急行(あとロマンスカー)がある程度なのでやっぱりこっちも二つになる。そして両者の共通する特徴が「急行=赤」なのだ。なので、無意識的に急行を赤にしているような気がする。

編成は短め。新型車両への抵抗のなさ(1999年ごろ)

1999年頃だったような気がするが、それまで鋼製車両しか見たことがなかった江ノ島線に銀色の車両が入ってきた。そもそも江ノ島線はそれまで各停は4両編成しか入ってこなかったし、急行も6両編成だった。相鉄は普通に10両編成が入っていたので、当時より10年くらい前まで大手私鉄でなかった相鉄に列車の長さで負けていたのだ。で、それまで6両しか停められなかった最寄り駅(急行停車駅)の工事が行われ、10両編成が停まるようになった。中途半端に屋根が途切れているのはそれの名残です。

で、銀色の車両、1000形ワイドドア車を初めて見たときの驚き。正直すごいと思った。また、当時祖母が亡くなり鎌倉の墓へ行く時に東海道線に乗る機会ができるようになった。東海道線は当時113系と211系が現役で、今の若い鉄道マニア(こう書いてしまうのが老いてきているということかもしれない)からしてみれば大変うらやましがられるかもしれないが、113系に当たると「何で古い電車なの」と言っていた記憶がある。なので、新型車両に乗れるというのはとても嬉しいこととというイメージができたのがこの頃だ。結局大学に入学して東海道線に毎日乗れるようなった2006年の3月に東京口から撤退してしまうのだから、やっぱりこういうのは乗れるとき乗ってしまうのが良いと思った。

初めての架空都市・架空鉄道は友達が元ネタ(2004年)

高校の時、仲の良かった友達をネタとして国を作ることになった。趣味がプロレスなので国技をプロレスにしたり、ホラー映画が好きらしいので通貨単位を「ホラー」とかにしていた。もちろん天皇誕生日にあたるのが友達の誕生日だ。

その後エスカレートして、予備校に行く前に有隣堂で実用六法を買って法律を考えたりしていたわけだが(まだどこの学部に行こうか迷っていたときだった。このせいで法学部に決まったようなもんだと思う)、その時に鉄道についても考えることにした。北海度くらいの大きさで14県くらいがあって、メキシコ近くにあるという設定だった。相鉄10000系みたいな車両とかゆいれーるみたいなモノレールが走っているという設定だった。架空鉄道サイトを初めて見たのは2002年頃の北武急行電鉄だと思う。

「架空都市ちゃんねる」との出会い(2008年)

そういう下地があったのと、高校野球が好きだったというのがあって(神奈川は高校野球が割と強くて県大会をtvkで見ていた)、大学時代に「栄冠は君に輝かない」へとたどり着く。単体の漫画サイトではなくて高校野球の裏情報とかそういうのがまとめられていて、最新の1ページが出ているやつ。確か初めて見たのが12739ページだったはず。漫画内に掲示板へのリンクがあって踏むと掲示板が出てくる。中で面白そうなことをやっていて、漫画に出してくれるらしい。じゃあ僕も作ってみよう。地図を見るとどこもいっぱいで、唯一空いていたのが遠州灘沖。県名を大学教授のニックネームから拝借して、地図を作って市町村を決めて書き込み。

1: 県知事イッシー :2008/06/09(月) 23:45:34

今までROMっていましたが、山輝県を設立することとしました。
設定をこれから煮詰めていきたいです。これからよろしくお願いします。

https://jbbs.shitaraba.net/computer/5253/

それから直近の90回大会の県予選を見ると僕の母校がいいところまで勝ち上がっていたのには笑った。ハマるしかないだろこんなの。それから12年、まだこの趣味が続いています。

初めての遠征で惚れる(2012年)

それまで関東で完結していた鉄道趣味が、2012年5月に名古屋へ日帰りで遠征をしたことから代わり始める。この頃はtwitterもやっていてフォロワーの猫耳幼女と会うことにした。豊橋まではこだまのN700系。ちょっと豊橋鉄道で撮影した後に名鉄で名古屋へ。名古屋からは近鉄で桑名、桑名からJR在来線で帰るという弾丸旅行。先月近鉄を完乗したばかりだが、初めて乗った関西私鉄および近鉄は8年前。詳しいことは以下のブログに書いてあるので、それを参照のこと。

zentetu825.blog96.fc2.com

その中で乗ったキハ75の転換クロスが非常に良かったことを今でも覚えている。これで複線だったら客凄い乗っているのでは!? と思う。この時にやっていた架空鉄道「城中電鉄」の座席がもろキハ75。すぐ影響を受ける。

サークル「マロンブックス」を作る(2013年)

この当時カプセルプラレールを使った架空鉄道「全日本鉄道」という僕としては珍しい実在土地に敷く系の架空鉄道を作っていた。僕が広島カープファンなので横浜と広島を結ぶという超長距離系架空鉄道である。歴史とか無視して作ったいわゆる息抜き架空鉄道で、その架空鉄道についての同人誌を無謀ながら出すことにした。頒布する即売会は5月のコミティア。どうせそこまで売れないと言うことが分かっていたのでキンコーズで刷ることにした。結局ダダ余りしたので、欲しいなって人がいたらあげます。

出すことは決めたものの、サークル名も何も決まっていなかったのでHNである「マロン」と同人ショップ「メロンブックス」を掛け合わせた「マロンブックス」にした。なので、元々「マロンブックス」は架空鉄道本を頒布するために作ったサークルなのである。なお、直後の6月にお船のゲームを始めている。

 

以上、短めですが僕のルーツの話をしました。これからもよろしくお願いします。